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日本で初めての散歩者 勝海舟

「日本の武士で町によくぶらぶら歩きに出たのは、勝海舟である。……(中略)……勝海舟は造船術や航海術を長崎に勉強に行ってオランダ人の先生が用もなく町を歩く習慣があるのを怪しんでながめた。これは肉体の運動のためであり、同時に、自分がまだ知らない外の町を見聞するためであった。目的なく歩くが、属目するものが勉強なのである。自分の狭い世界にこもりがちで、殻ができてしまうのを町を歩いて見て、自分以外の人間の生活を自から知ることであった。……(中略)……習慣とした散歩は長崎で始められて、江戸に帰ってからもやめなかった。知的好奇心の活発な男だから、江戸の裏町の生活ものぞき、庶民の生活を知った。……(中略)……もっとも海舟の親の勝小吉は、自筆の思い出話の中に、一晩に一度吉原を歩かないと、よく寝られなかったと書いているほどだから、その子の海舟もオランダ人教師に教えられるまでもなく血の中に下地があったのだろう。幕府の他の高官たちが、維新の大変に出会って、旧慣を考えるだけで処置なく、狼狽している間に、海舟一人がさっそうとして変に処し得たのも、町を用なく歩く間に裏店の連中を見て、世の動向を見わけられたからである。……(中略)……散歩は人間の頭を新しくする。手をあけて目的のない方がほんとうの散歩なのである」(大佛次郎『散歩について』)

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