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TQ Feel℃ Walk の達人 タモリと鶴瓶

2016.1.10 真田丸スペシャル ブラタモリ・鶴瓶の家族に乾杯コラボから学ぶこと

ブラタモリ的まちあるきは、ともすると「頭でっかち」に地理・歴史の知識をつめこみ、確認するだけのフィールドワークに堕してしまう危険性がある。

しかし、タモリが大事にしているのは、「地形・地質・地層」という3つの視点=パースペクティブで、自然を人間がどう利用しようとしたかを「歴史的に洞察」することである。
 

したがってタモリが用いるのは「古地図」であって、現在の姿を正確に表している「現代の地図」ではない。過去の姿が、今どんな痕跡として現れているのか探し出したいのだ。「古地図」から、ここはこういうところにちがいないと「事前に」自分なりのイメージを妄想した後に、実際に足を運び、事前に妄想した「仮説」を検証する。そして、現地で新たに「発見」することで「仮説」が更新されるのを面白がりたいのだ。
 

「地形・地質・地層」という「視点」で、1次情報(ぶらり歩いての体感=いちばんは勾配、発見した姿=土・石(地層・石垣)・水(堀・川の流れ)・道の曲がり具合、俯瞰からの展望=土地利用)を獲得し、それを裏づける2次情報(専門家の見解、資料)によって「妄想」をさらに広げてゆく。最終的に「正しいかどうか」はどうでもいい。自分なりの面白いストーリーが構築され、
 

「なるほど、そんな見方があったのね」
 

というふうになればいい。
 

番組の最後に、堺雅人が、
 

「実は、タモリさんと鶴瓶さん、同じことしてますよね」
 

と言っていたが、まさに
 

自分なりの面白いストーリー
 

が構築されればいいというところは、タモリも鶴瓶もまったく同じなのだ。
 

鶴瓶は、当初から、与えられたお題を無視。正確に言うと、無視しているのではなく、即座に「読みかえ」る。
 

「無類の真田好きを探せ」
 

という課題だったのに、あっという間に
 

「真田の郷に真田さんはいるか」
 

と変えてしまう。そして、
 

「この辺に真田さんいる?」
 

と聴きまくってただ歩いてみる。すると、真田さんはいないという答えが返ってくる。そこで、なんとなく美容院に入り、電話帳を借りて調べ、「真田」という名前のついている家をリストアップする。
 

実際に訪ねてみると「真田」にゆかりのある土地だから店の屋号に「真田」をつけたらいいだろうと狙ってつけただけで、名字は真田ではないとわかる。
 

どんどん真田さんに会える確率は低くなってくるが、鶴瓶はまったく動じない。途中、小耳にはさんだ「りんご園」が気になるから行ってみようということになる。流れに身を任せてゆくのだ。
 

その「りんご園」で、ご主人がぽろっともらした言葉が
 

「ピンチをチャンスに変える」
 

という一言。りんご園を始めた年、ひどい雹の被害を受け、商品のりんごが傷ついてしまった。売り物にならないので、名刺代わりにタダであちこち配ったら、それがよい宣伝となり、りんご園の存在をみんなに知らしめて商売を軌道に乗せるきっかけになったというのだ。
 

「それって、真田幸村の言葉と同じじゃないですか」
 

堺雅人が反応する。
 

無類の真田好きを探すとなると、幸村に影響されて、赤づくしの服を身に着けているとか、幸村のトリビア知識を持っているとか、いわゆる「真田マニア」に出会うだけ。予定調和のストーリーで、自分なりの面白い発見的ストーリーにならない。
 

鶴瓶が、
 

「真田さんいるの?」
 

と読みかえ、とりあえず、まあ「真田」という名前をつけている人がいるかもしれないところに行ってみようと当てもなく出向き、流れに逆らわなかったこその「偶然」の出会いと本質的発見。真田幸村の生き方を、今の時代にありながら、知らず知らずしている市井の人を掘り出してしまったのだ。形だけの真田ファンを見つけることより深い「発見的ストーリー」ではないか。
 

TQ Feel ℃ ウォークの教科書という番組に「乾杯」!でした。

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